12/27/2016

あそびのなかでとがった心をほどいて(遠山楓)


  失礼します。特別支援教育コース3年遠山楓です。今回は保育内容の指導法(人間関係)で『あそびのなかでとがった心をほどいて』という事例(愛知県・けやきの木保育園ちいさいなかま(全国保育団体連絡会/ちいさいなかま社), 555号(2011)に所収)から、考えたことについてまとめます。

「自分-相手」の世界を理解でき、友だちの心に寄せあうことができるようになる3歳児。保育者である和田先生は子どもの気持ちを受けとめるだけでなく、つもりの世界でのあそび、保育園全体と家庭でも子どものドキドキなどの気持ちを受けとめるといった働きをおこなうことで、3歳児が大人にも子どもにも安心し自分の気持ちを表現できるようになる実践でした。

ディスカッションでは、主に二つについて話し合いました。
まず、「保育者が子ども気持ちを受けとめてからの、一歩踏み込んだ援助」について話し合いました。和田先生が子どもの気持ちを受け取るだけでなく、みかん組みんなで「つもりの世界を入れた追いかけあそびや対決あそび」といった共通の体験をから、子どもに「楽しい遊びとそれを一緒に感じ取れる仲間がいれば、ありのままの自分を出せる!」といった「安心感」を与えていました。グループでの話し合いの中で、子どもの気持ちを大人だけでなく友だちが受けとめるように保育者が代弁や仲介をして子ども同士をつなげる大切さ、一人ひとりの子どもが活躍できる場を作り自分に自信をもてることで気持ちを伝えることにも自信がもてるのではないか、といった話が出ました。
次に、「3歳児のドキドキを安心へと変化させるための援助」について話し合いました。ここでポイントとなったのが、実践にも何度も出てきた「ドキドキ」という感情です。例えば「初めてで不安だけどやってみたい!」といった、「不安」というマイナスと「やってみたい」というプラスといった2つのドキドキがあります。3歳児のどちらのドキドキも受けとめること、安心できる連続性のある生活の中で初めてのドキドキを体験することで、ドキドキが安心へと変化できるのではないかという話が出ました。

最後に、家庭を含めた安心感について考えました。保育園は子どもを認めるのと同じくらい、保護者である大人を認めることが大切です。大人も自分の頑張りや不安を誰かに受けとめられる経験がないと、子ども気持ちを受けとめないといった悪循環が生まれてしまうことがあります。Kくんのお母さんのように、保育所が表面を取り繕う場所ではなく悩みや弱音も表出できる安心できる場所になるように、保育園は大人のマイナスとプラスのドキドキを受けとめることが大切です。

  

  以上のディスカッションから3歳児が自分以外の友だちに関心をもち、自分の体験とだぶらせて心を寄せることができるために、保育者は「楽しいあそび」「一緒に感じる仲間」「家庭も含めた安心できる場所」を支えることが役割であることを学びました。

12/25/2016

むずかしそうだけど友だちみたいにやってみたい!(稲葉明日香)


失礼します。幼児教育コース3年の稲葉明日香です。今回は、保育内容の指導法(人間関係)の授業で、『むずかしそうだけど友だちみたいにやってみたい!』という事例(香川県:こぶし中央保育園 3歳児クラスの保育実践 ちいさいなかま編集部()2010 保育のきほん2・3歳児 ちいさいなかま社)について討議し、考えたことを書きたいと思います。


 この事例は、自分で友だちと素直にかかわることがまだ難しい子どもたちに対して、友だちの存在に興味を持ったり、気持ちよくかかわったりできるように、保育者はどう援助していったらよいか、といったものでした。この保育者の方は、「心と体を目いっぱい動かし、みんなでワクワクして共感し合える遊びをしていこう」といったねらいを持って保育していました。具体的な手立てとしては、絵本「おたまじゃくしの101ちゃん」を基盤につもり遊びを行っていきました。そこで、子どもたちは「ザリガニ親分を倒すために強いカエルになる!」といった共通の目標を持つようになります。そして、友だちの姿を見て頑張ろう、と思ったり、友だちに教えてあげる子どもの姿などが見られるようになってきました。


 3歳児クラスの子どもたちは、友だちに興味を持ち始めることができるようになってきますが、一人ではうまくかかわることができないこともあります。だからこそ、保育者の援助が大切となってくるのだということを学びました。子どもたち同士が楽しくかかわるには、楽しいと思える時間を友だちと共有することです。その楽しいと思える時間は、共通のイメージを支えとして展開される遊び、この事例で言えば、「おたまじゃくしの101ちゃん」のつもり遊びです。どういった遊びを提案していくかということも重要だと思いました。子どもたち一人一人も目いっぱい心と体を動かせる、そしていっしょが楽しいと思えることが重要だと感じました。


 また、だんだん周りが見れるようになってくることによって、周りができて、自分ができないということに敏感になってくる時期でもあります。「友だちみたいにやってみたい!」と子どもが思えるようになるには、まず、保育者がその子自身を受け止める、認めるところから始まると思いました。受け止められることによって、自分に自信を持つことにつながっていき、不安だけどやってみたいという気持ちを支えることにつながっていくのではないかと考えます。しかし、保育者だけの承認ではなく、「なかまからの承認」といったことがこの時期、大切になってくるのかなと思いました。周りがだんだん見え始めるからこそ、なかまからの承認って、とても嬉しいものになっていくのかなと思います。

また、保育者が自分を認めてくれたことがモデルとなり、その子自身が周りを見たり認めたりするきっかけになっていくのだということも出ました。そうやって、保育者がモデルやパイプになって、子どもの世界を広げていくことが大切だということを学びました。

12/20/2016

雨降りいも掘り遠足へ出発!(杉本悠)

失礼します。学校教育基礎コース心理領域3年杉本悠です。今回は、保育内容の指導法(人間関係)の授業で『雨降りいも掘り遠足へ出発!』という事例(横浜市:鳩の森愛の詩あすなろ保育園3歳児クラスの保育実践 現代と保育(ひとなる書房)61号)を読み、考えたことについて書いていきたいと思います。
この実践では、ことばで相手とやりとりし合うことで、今まで「自分だけ」の世界で生きてきた3歳児が「自分以外の」他者と出会う4歳児へ成長していく様子に注目していました。
 
討議を行う上で、特に意識した論点は、①3歳児から4歳児へそだっていくなかでのごっこ遊びには、そんな意味があるのか、②保育者(担任/他の保育者)としてどのようなかかわりが考えられるか、以上の2点です。
 
ディスカッションの中で、友達とのかかわりが大きく関係しているという話がありました。3歳児ならではのごっこ遊びについて考えた時、今までこだわりが強かったものが成長とともに共感を覚え、共通体験を通すことで、視野を広げることができていると感じました。友達の発言に耳を傾けたり、気付きが多くなったりと、実践の中でも取り上げられていた場面を振り返りつつ、実習中の出来事を改めて振り返り、情報を共有することができました。
また、それに加えて保育者としてのかかわりについて意見を交わし合いました。保育者が流れを作るのではなく、子どもたちの気付きやひとことによって活動を広げていく臨機応変な対応が必要であると考えられます。
 
3歳児から4歳児への移行の時期だからこそ、子どもたちにとって友達とのかかわりのきっかけとなるような活動が出来たら、と思います。その活動の中で輪を広げイメージを膨らませることが、3歳児ならではのごっこ遊びのねらいになるのではないかと考えます。その具体的な手立てとして、保育者の声掛け(活動のきっかけとなるひとこと)や、環境設定(頭の中のイメージと繋がりやすいもの)が挙げられると思います。子どもたちにとって、たまらなく楽しいと思える活動を目指していきたいと思いました。

12/14/2016

共通の楽しい体験が みたて・つもり遊びにつながる(野田恵子)

 失礼します。幼児教育コース3年野田恵子です。今回は保育内容の指導法(人間関係)の授業で、『共通の楽しい体験が みたて・つもり遊びにつながる』という事例(愛知: みよし保育園 二歳児クラスの保育実践 ちいさいなかま編集部(編) 保育のきほん2・3歳児 ちいさいなかま社)について討議し、考えたことについて取り上げていこうと思います。

 この実践では、発達がゆっくりなAくんが、どうしたらみんなとのつもり遊びを楽しむことができるようになるか、保育者が働きかけを変えながら支援していく実践でした。
 バスごっこを1人でしているAくんを遊びのリーダーにして、Dちゃんと保育者が加わって楽しかったという経験をしたり、誕生日のごっこ遊びをした次の日に本当の誕生日会があり、全員、共通のイメージを持つことができたり、やきやきパーティを通して共通体験をし、共通のイメージを持てたことでその後の遊びを深めたり、実践の中で段階を踏みながらAくんがみんなとのつもり遊びを楽しめるようになるという実践でした。
 そして討議では、「2歳児において発達差が大きいときにイメージの共有をする上で大切なことは何か、また、そのイメージの共有を遊びに活かすには保育者がどのように支援するべきか」の論点で討議しました。
 発達がゆっくりな子にとって、言葉をたくさん使ったイメージの共有は難しく、子ども同士での見立て遊びの発展がしにくかったり、トラブルになったりしていました。実践であったバスごっこのように、簡単にバスをイメージできるみたて遊びは子どもたちにとってわかりやすく、Aくんがやりたい遊びだったため、「楽しい」と感じる共感関係ができました。楽しかった共通の体験が、共通イメージとなり、みたて遊びを深めていきます。このとき、保育者は発達差を考えながら、子どもの気持ちやイメージの代弁をするなどの支援をすると子ども同士のイメージを繋げる働きをし、遊びが深まり楽しくなっていくと考えました。
 また、共通の楽しかった経験が共通のイメージになり、全員で遊ぶことで、友達を感じながら遊ぶという楽しさにつながっているように思います。ここで、共通の楽しかった経験は、なければ作ればいいのではないかという考えも聞くことができました。確かに、一人一人経験に差がある場合、イメージも違い、楽しいはずの遊びがバラバラになることが多いと感じます。子どもたちが共通のイメージを持てるようにするためには、活動で同じ経験をし、感じることが大切なのではないかと考えます。

12/10/2016

身ぶり表現・ごっこ遊びってこんなに楽しいっ!(東 泰穂)

 失礼します。幼児教育コース3年東泰穂です。今回は保育内容の指導法(人間関係)の授業で、『身ぶり表現・ごっこ遊びってこんなに楽しいっ!』という事例(大阪:さくら保育園 二歳児ひまわり組の保育実践 ちいさいなかま編集部(編) 保育のきほん2・3歳児 ちいさいなかま社)についてみんなで考えたことを書きたいと思います。




 


   この事例のなかで保育者は、生活再現ごっこや身ぶり表現が大好きな二歳児の子どもたち一人一人のイメージの世界をうーんと広げ、そしてさらに豊かに友達にも広げていってほしいという願いを込めて保育を行っていました。子どもたちは保育者が紹介した『とんぼのあかねちゃん』という絵本をきっかけに、実際に絵本のなかに登場するとんぼのあかねちゃんやクモと出会ったり、ヤゴをクラスで育てたりすることによって、イメージをより豊かにしていきました。その経験によって、運動会種目『とんぼのあかねちゃんごっこ』では、子どもたちの表現が具体的でいきいきとしたものになっていきました。


 


 この事例を読み、みんなで話し合ってみて、二歳児の身ぶり表現やごっこあそびにおいて、イメージの共有と気持ちの共有が大きなポイントになってくると考えました。そのイメージの共有に欠かせないのが、「見る・触れる・感じる」などといった実体験であり、友達と一緒に実際に出会うからこそより感動が大きくなると思います。そしてその感動を保育者やまわりの友達に伝えることによって、気持ちが共有でき、楽しさを膨らませることができると思いました。自分一人ではなく、友達に自分の「楽しい!うれしい!」という気持ちも共感してもらえることで、より自然に表現できるようになったのではないかと感じました。




 


   このように子どもたちが友達とイメージや気持ちを共有するためには、保育者が共通体験できるようなものを作っていくことが大切だと思いました。今回の事例で考えると、とんぼやクモに出会えるような場所に遊びにいったり、触れ合えるような機会を設けたりと保育者がきっかけを作っていくことで、子どもたちもその世界に入っていけるのだと感じました。また、子どもたちのイメージを広げるには絵本との出会いも大きいのではないかと考えます。一つの絵本という同じ世界のなかに入り込むことで、共通のイメージも生まれてくると思いました。絵本はくり返し手に取ることができるという良さもあると思うので、子どもたちが手に取りたいときに手に取れるような場所に置いておくことも大事なことだと思いました。




 


  また、子どもたちだけでなく保育者も一緒にイメージや気持ちを共有し、世界に入り込むことはとても大切なことだと思いました。友達の存在と同時に保育者の存在も大きい二歳児にとって、保育者も一緒に思いきり身ぶり表現やごっこ遊びをすることによって、子どもたちも「楽しそう!やってみたい!」という思いが生まれるのではないかと思います。身ぶり表現やごっこ遊びの場面だけでなく、保育のなかで、子どもと一緒に楽しむという姿勢は大切なことだと感じました。




 


 

12/09/2016

二歳児保育の「一緒に心を動かす」を支えるもの (山地一輝)


 失礼します。教育学部人間発達環境課程人間環境教育コース4年の山地一輝です。今回は保育内容の指導法(人間関係)の授業時に『「自然とともに展開した二歳児保育-絵本の世界を楽しみながら「自然」とつながろう』という事例(愛知:いりなか保育園ぞう組の保育実践 松本博雄 2013 『二歳児保育の「一緒に心を動かす」を支えるもの』 現代と保育85106-123)をとりあげ、みんなで討論し合い考えたことについて書きたいと思います。


 この事例に登場する保育者は、担当する二歳児クラスの子どもたちの遊びを豊かにすると同時に、自然への関心を育て、より楽しく遊ぶにはどのような実践が必要かを考えました。そこで、保育者は一歳児クラスの後半から子どもたちが大好きなおばけに注目しました。そして、保育者はおばけの登場する絵本を室内に用意したり、読み聞かせをしたりしました。それをきかっけにして、子どもたちはその絵本の世界のイメージを友達同士で共有し合い、様々な遊びや活動の中でおばけになりきって楽しむ姿を見せました。そして、子どもたちは絵本の中に出てくるおばけのおうちやおばけの好物であるクモの巣のイメージを身の回りにある自然に重ね合わせて、以前にも増して自然に対してワクワクした楽しい気持ちで目を向けるようになっていきました。


 この事例を読み、みんなで討論し合った中で私が考えたことは、二歳児の時期におけるごっこ遊びは他の年齢と比べると、遊びの発想が自由で、一つの遊びにみんなが自由に参加することができるのかなと考えました。この時期の子どもは三歳児以降に比べると、こだわりがあまり強くなく視覚的な影響が強いのではないか、という意見が出ました。だからこそ、事例中の子どもたちのように絵本のイメージをそのまま他の友達と共有することができ、そのイメージを保持したまま様々な自然にかかわることができたのかなと考えました。さらに、二歳児の時期は「そのものになりきれる」力も大きいと考えました。事例中の子どもたちのような本物のおばけになりきり遊びこむ姿にみられるように、自分がおばけになっているからこそ、よりリアルな絵本の世界を再現したくなって遊びが深化するのかなと考えました。


 この事例から、私は二歳児の子どもたちにとって、現実の世界と空想の世界の両方を充実させてあげることはとても重要なことだと感じました。上記の事例のようなこの時期特有の子どもの心性を大人が理解し認めることで、子どもの豊かな感性や関心をはぐくむ支援を心がけていきたいです。その際、まだまだ自分の力で友達と折り合いをつけることは難しい姿も見られると思います。大人が子ども同士、子どもと環境との橋掛けとなる支援を行うこともまた重要であると感じました。楽しそうなものに無意識に心と体がそれに向かい空想の世界に飛び込める、そんなかけがえのない二歳児の魅力を今回の事例から考えることができました。


11/21/2016

一歳児なりの主体性を考えて(山田晴子)


失礼します。幼児教育コース3年山田晴子です。今回は、保育内容の指導法(人間関係)の授業で『一歳児なりの主体性を考えて』という事例(山形市:とちの実保育園1歳児クラスの保育実践 松本博雄 2012 一歳児の「自分で思って、自分で決める」をどう育むか 現代と保育, 84, 122-139. より)を読み、考えたことについて書いていきたいと思います。


この事例では、〇歳児クラスからそのまま持ち上がった一歳児クラスに進級した際、保育者は一歳児クラスなりの主体性を考えるとき、自分の思いをしっかり持って人に伝えられる子どもになってほしい、そして、受け止めてもらったり、葛藤したりしながら自分で決めすすんでいける子どもになってほしいという願いをもって保育を行っていました。

そこで、〇歳の時から主張が弱く、いつも受け身になりがちなまさきくん(一歳十カ月)が給食の準備をする際に自分からまだ絵本を読みたいと主張する、その思いを保育者が受け止め、まさきくんが自分から絵本を閉じて給食を食べるようになるまで見守る、また、〇歳の時から思いが強く、ダダコネが多いりえちゃん(二歳二カ月)が、自分が以前エプロンを忘れた際に保育所から借りたエプロンを自分のものと思い、同じくエプロンを忘れたお友だちに渡すことにはじめは抵抗があったが、友達の気持ちを考え、どうするかを保育者がりえちゃんの気持ちに言及しながら、りえちゃん自身が考え、どうするかを決めるまで待つといった、それぞれの子どもが自分の思いを主張し、葛藤をしながら次の行動を自分で決めていく姿とそれを見守る保育者の様子が書かれていました。


 そして、今回の話し合いや振り返りで分かったことは、子どもたちが「自分で決める」ためには、保育者が子どもの思いを尊重し、受け止めることが大切であるということです。一歳児にはよく見られる「イヤイヤ期」、また「ダダコネ」は保育者にとって困ったこととして捉えられることが多いと考えられます。しかし、「イヤイヤ」や「ダダコネ」は子どもの発達上当たり前に起こることで、自己主張の始まりとも言えることです。子どもたちは、自分の思いを伝えてもいい人がいると感じなければ、気持ちのいい自己主張は出来ません。また、保育者の何気ない声かけにも、「待ってたよ」や、「自分でドウゾってできたの~?ステキだね~」というように、子どもたちの意思を尊重し、自分で決められたことを子どもと一緒に喜ぶ様子が感じられました。繰り返し何度もおとなに気持ちを伝え、受け止めてもらえたという経験を積むことで、安心して自分を表現することが出来るようになるのだろうと思います。


また、子どもたちの「イヤ」は、保育者を困らせたくて言っているわけではなく、本当はみんな気持ちよく主張したいと思っているはずです。「イヤ」に隠れた「シタイ」という気持ちを保育者がどれだけ子どもと一緒になって考えていけるかが重要になってくるのではないかと考えます。

 今回の授業を受けての感想で、ある学生の「全てを受け止めるのは難しい。でも、思いに共感することはいつでもできる。主張することをあきらめてしまう子どもにならないようにしたい。」というコメントが紹介されました。授業のなかでは一つの事例にじっくりと向き合い、考えることができても、実際に保育を行う際には、全てを受け入れることは難しく、私が実習に行ったときにも様々なことに追われ、全ての子どもたちの気持ちを受け止めることができたと自信を持って言うことは残念ながらできません。しかし、だからといってあきらめるのではなく、思いに共感することは私にも出来るのではないかと思いました。子どもたちが気持ちよく主張するためには、おとなが子どもの思いを受け止め、子どもとともに歩み、子どもの立場になって考えることが大切だと思い、これからの保育に活かしていきたいと思いました。

11/19/2016

"楽しい"体験でつながる・広がる(片山沙紀)


失礼します。幼児教育コース3年片山沙紀です。今回は、保育内容の指導法(人間関係)の授業で『“楽しい”体験でつながる・広がる』という事例(松本博雄・第一そだち保育園 2011『子どもとつくる0歳児保育:心も体も気持ちいい』ひとなる書房)についてみんなで考えたことについて書きたいと思います。



この事例は1歳児クラスの12名の集団における子どもの変化について書かれています。後半期がスタートし近くの公園に散歩に行ったのですが、保育者は危険ばかりが気になり子どもと一緒に楽しんで遊ぶことが出来ませんでした。そこで散歩場所を見直し、子どもたちに親しんだ小学校に何度か散歩に行き、保育者の近くで安心して遊ぶ姿が見えてきたところでもう一度公園に散歩に行きました。するとそこではシーソーをバスに見立て、「バスに乗って」の歌を保育者と歌いながらバスごっこをみんなで一緒に楽しむことが出来ました。



私はこの事例を読んで、最初に公園に行った時と2回目に公園に行った時とで子どもの姿が大きく違い、子どもや保育者にどのような変化があったのだろうと疑問に思いました。みんなで話し合った結果、次の2つのことが分かりました。



1つめは保育者の視線が危険から子どもに変化したということです。最初に公園に行った時、保育者は危険ばかりが気になり子どもに視線が向いていませんでした。そのため子どもたちを見守ることで精一杯になってしまっていました。散歩場所を見直し、子どもに親しみがあり、門があることで安全な小学校に行ったことで、保育者は子どもと遊ぶことに集中できたのだと思います。そして保育者の心に余裕ができたことにより、もう一度同じ公園に行っても保育者は子どもを見ることができ、子どももそれを感じ取り、安心して一緒に遊べたのだろうと思います。



2つめは日々の保育の中で繰り返し楽しんできた「バスに乗って」の歌を歌ったということです。1歳後半児はイヤイヤ期ということもあり、着替えの時になかなか着替えてくれない子どもがおり、その時に「バスに乗って」の歌を歌いながらバスごっこを11で楽しんでいたそうです。だから公園で「バスに乗って」の歌を保育者が歌った時に子どもたちは“これ知ってる”と思い、みんなで楽しむことができたのだと思います。



この事例を読んで、1歳後半児の関わりにおいて、11の遊びにおける楽しさをみんなに広げることが大切なのだと思いました。この時期の子どもたちはだんだんと友だちの存在を意識し始め、友だちと遊ぶことがなんとなく楽しいと思うようになります。このなんとなくだからこそ保育者が子どもの遊びをつなげ、楽しい経験を共有させてあげることが大切な保育者の役割なのではないかと考えました。そして友達との楽しい経験を積み重ねることにより子どもたちは、友だちと遊ぶことが楽しいと思うようになるのではないかと思いました。

11/15/2016

ハッとする心の動きをつくり出す(小川綾花)


 失礼します。幼児教育コース3年小川綾花です。今回は、保育内容の指導法(人間関係)の授業で『ハッとする心の動きをつくり出す』という事例(松本博雄・第一そだち保育園2011『子どもとつくる0歳児保育:心も体も気持ちいい』ひとなる書房)を読み、考えたことについて書いていきたいと思います。

 この事例に出てくるかずまくん(1歳3か月)は、アンパンマンへのこだわりが強く、アンパンマンを見つけてはその世界に入り込んでしまう姿が見られました。保育者はアンパンマンの世界の外に興味が広がりにくいかずまくんに対して、「ハッとする心の動き」をつくり、かかわりを広げていくことにしました。かずまくんが興味を示すように、朝のあいさつをするときに動物のお面をかぶって登場したり、給食担当のかな先生に子どもたちの目の前でリンゴの皮むきをしてもらったりしました。

 この事例を読み、皆でかずまくんの興味が向く「アンパンマン」と「リンゴ」の違いについて考えました。アンパンマンとリンゴの違いとして、2つの考えが出ました。1つ目は、リンゴはかずまくんの好きなアンパンマンと同じ丸い形をしていますが、皮をむくことで色が、切ることで形も変化する、ということです。かずまくんの知っているいつものリンゴが、皮をむくことでいつもとちがうリンゴになりました。かずまくんにとってリンゴはそれだけでは興味の対象になっていなかったのかもしれません。しかし、皮をむくことで、自分の知らないリンゴが出てきたことに「ハッと」心が動いたのではないかと思います。これは、いつもとちがう体験が大切というだけではありません。いつもとちがう体験の裏には、いつもと同じ経験があるということです。いつもと同じことを繰り返しおこなうことで、いつもとちがう体験に「ハッと」心が動くのではないかと思います。そのため、いつもとちがう体験をつくり出すことだけでなく、「いつも同じ」を大切に毎日の保育をおこなっていく必要があると考えます。私が保育所実習で入らせて頂いた1歳児クラスでは、同じ絵本を何度も繰り返し読み聞かせしていました。みんなが好きな絵本だからこそ、何度も繰り返し読むことで、保育者や友だちと楽しい気持ちを共有しているのだと思います。また、その楽しい気持ちを保育者に共感したり、受け止めてもらうことで、いつもの絵本に対する期待が増していき、いつもの楽しさがつくられていくのではないかと考えます。

 2つ目は、リンゴは五感をいっぱいにつかって関わることができる、ということです。リンゴは目で見て、触れられるだけではありません。食べられるし、においをかいだり、食べるときに出る「シャリシャリ」という音も聴くことができます。これはアンパンマンにはできないことだと思います。目で見て、触れるだけではなく、からだと心をいっぱいにつかってかかわったからこそ、かずまくんにとって「ハッと」心が動いたのではないかと思います。
 
 また、ひとつのものの世界の外に興味が広がりにくいかずまくんは、他の子に比べて保育者や周りの友だちとの関わりも少ないように感じました。これは、自分の世界に閉じこもってしまうあまり、周りの友だちへの興味がまだ持てていないのではないかと思います。今回の事例でかずまくんの心が「ハッと」動いたときには、保育者や友だちの存在が近くにありました。心が動き、周りの世界に興味が向いたときに、保育者や友だちがいることで、今の気持ちを共感してもらったり、同じ気持ちを共有することで、ものやことだけではなく、ヒトへの興味もでてくるのではないかと思います。

 実践を読み、心をいっぱい動かす体験は1歳児にとってとても大切なことだと思いました。様々なもの、こと、ヒトへの興味や関心から、「うれしい」「たのしい」気持ちを保育者や友だちと共有することで、楽しいから「~したい」という思いを自由に出せることにもつながるのではないかと思います。しかし、心をいっぱい動かす体験をするためには、いつもと同じことを大切にしていく必要があると思います。いつもと同じだから得られる安心感があるからこそ、いつもとちがう体験をしたときに「ハッと」心が動くのだと思います。毎日の安定した生活を土台として、子どもたちの心が動くような体験を考えていくことが大切だと思いました。




11/08/2016

特定の保育者から離れられないちひろちゃん(水口)

 失礼します。幼児教育コース3年水口陽香です。今回は、保育内容の指導法(人間関係)の授業で『特定の保育者から離れられないちひろちゃん』という事例(松本博雄・第一そだち保育園『子どもとつくる0歳児保育:心も体も気持ちいい』ひとなる書房)について討論をふまえて考えたことを述べたいと思います。
 この事例は、ちひろちゃんという女の子へのかかわりであり、0歳後半児の三項関係形成について書かれています。ちひろちゃんは保育園での生活に安心感が持てず、いつも泣いており、その泣きをあやす保育者(青木保育士)からなかなか離れられません。保育者は”実況アナウンス”という取り組みを行ったり、ちひろちゃんと一緒に楽しい瞬間を積み重ねることで信頼関係を築いていきます。そういった取り組みをするなかで、保育者たちは本当の三項関係には期待や楽しみが必要だということに気付いていきました。
 討論の論点は、0歳のこだわりについてとちひろちゃんにとって離れられなかった保育者はどういう存在だったかということでした。皆と話し合っていくなかで、保育者の存在ははじめ自分がつらいときにそばにいてくれる「都合のいい存在」であったけれども、取り組みを行うことで信頼関係を築くことができたのではないかとなりました。楽しい瞬間を積み重ねることで人とのかかわりに期待が持て、ちひろちゃんの世界が広がったのです。そしてものとのかかわりも見え始め、本当の三項関係が形成されていきました。また、子どもが泣いているのには理由があり、そうさせている環境もあるのではないかということが話題にあがりました。離れられない問題はちひろちゃんと保育者の二人の問題ではなく、それにかかわるすべてのことを見直していく必要があり、保育をしていくなかで大切な視点だなと学ぶことができました。

11/01/2016

どうやったら眠れるかな?(近藤千玲)

 失礼します。幼児教育コース3年近藤千玲です。今回は、保育内容の指導法(人間関係)の授業で、『どうやったら眠れるかな?』という事例(松本博雄・第一そだち保育園『子どもとつくる0歳児保育:心も体も気持ちいい』ひとなる書房)について皆で考えたことを書いていきたいと思います。
 この事例に出てくるりゅうじくんは、おっぱいを飲みながらでないと眠ることが出来ません。りゅうじくんが気持ちよく眠るためにはどうしたらいいのか、保育者が様々な方法やりゅうじくんとの関わり方を考えるなど、試行錯誤しながら子どもと関わっている様子が伝わってきます。
 皆との討論で私が気づいたことは、眠るということだけにとらわれない、ということでした。眠ることが難しい子がいるとついつい、今どうしたら眠るだろうと、眠らせる方法ばかりを考えてしまいがちです。しかしそうではなく、その子どもが眠りにつくことができるポイントはどこであるのか、というのを大人は見極めて関わっていくことが大切であると感じました。
 例えば、今回の実践に出てくるりゅうじくんの眠ることが出来ない原因として、まず1つ目におっぱいを飲みながら眠るという習慣がついていたこと、2つ目に日中の遊びが充実していないことが挙げられていました。1つ目の原因の方は、おっぱいがなくても安心して眠ることが出来る方法を保育者が探っていき、少しずつでもりゅうじくんが眠ることの出来るように支えていきました。その方法として、寝るときに出来る限りりゅうじくんのそばで対応するようにしました。近くに大人がいる、それがりゅうじくんの気持ちを安定させ、眠ることが出来るようになったのではないかと考えます。2つ目の遊びの部分では、太陽の光を浴びて過ごす時間を作ったり、保育者と11でゆったりと関わる時間を作ったりして、改善していきました。遊びが充実したことで、生活リズムが整っていったとも考えられますが、保育者と子どもが関わる時間をゆったりと取ったことで、子どもと大人の愛着関係が形成され、子どもにとって安心できる存在になったことも、眠ることができるようになったポイントであると感じました。

 この実践から、子どもの眠りには安心できる存在が必要であるのかなと感じます。近くにいるから安心するというだけではなく、距離が離れていても「近くにいるよ」ということが伝わる、そんな人間関係を作っていくべきであると感じました。その関係があるからこそ、子どもの気持ちに寄り添ってあげられるのではないかと思います。言葉を話すことが出来ない0歳児の思いを、保育者がどこまで汲み取ってあげられるかが重要であり、そこから子どもたちの眠りを支えていきたいです。しかし、最初から子どもの思いに寄り添うことは難しい、だからこそ様々な方向から子どもにアプローチしていくべきであると感じました。

7/24/2016

2016.7.19 ゼミ


失礼します。松本ゼミ3年あやかです!


今回の15分先生では、ねね先生とさき先生が「にじみ絵でお魚さんを作ろう」という活動を考えてきてくれました。

障子紙に水をかけてから、絵具やペンで描いてにじませたり、絵を描いてから水をかけてにじませたりと、様々な方法で自分だけの魚を作ることができました。

絵具のチューブからそのまま手で描いたりもしてみることで、子どもになりきって楽しむこともできました。










最後に、夏らしいステキな壁面もできました。

楽しい活動をありがとうございました!

7/14/2016

2016.07.5 ゼミ







松本ゼミ3年のねねです。



少し更新が遅れてしまいましたが、前回の15分せんせいでは、あやかせんせいが「ふわふわくらげ」を紹介してくれました!



暑くなってきたこの時期にぴったりの、水族館を作ろうというテーマで活動がスタートしました。みんな思い思いに、いろいろな作品を作ることを楽しみました。テーマはありましたが、活動している間にテーマ以外の食べ物や動物を作る人もいました。みんなの発想力に圧倒されました。



材料の花紙やモールも様々な色が用意されていて、自分の作りたいものが作れる環境が整っていました。

ネットを、花紙などが入れやすいようにあらかじめ裏返すという配慮もされていました。

花紙も水切りネットも柔らかいものなので絶妙な力加減で形をととのえるのが少し難しかったですが、どれも気持ちいい感触でした!



また、作品を割りばしに吊るすことで作品がゆらゆらして涼しい雰囲気が出ていました。



楽しい活動をありがとうございました!













 

7/10/2016

UK Literacy Association 52nd International Conference (松本・常田)

表題の国際会議に、2年振りに参加しています。
昨日、以下のタイトルでの発表を無事終えることができました。

-Matsumoto, H. & Tsuneda, M. (2016). Japanese kindergarten and nursery teachers' beliefs regarding emergent literacy instruction for young children. United Kingdom Literacy Association 52th International Conference. (The Mercure Hotel, Holland House Hotel & Spa, Bristol, UK. July 8-10, 2016.)

2年前はおそまきながら、初めての海外での口頭発表で、自分たちの研究をどう伝えるかで手一杯。
少しずつ、前へ!ということで、今回は次のような目標を立てていました。

・日本の保育や教育、自分たちの研究につながる何かを、ディスカッションから持ち帰ってくること。
・自分たちの研究が、こちらの研究や実践に対し、提起・貢献できる何かを残してくること。

発表を終えて振り返ってみると、後者についてはもう一歩(たとえば、多くの人を惹きつけるようなタイトルのつけ方や、Audienceの間口を広くアピールすることも重要!)でしたが、前者については確実に多くを学べたように思います。

Literacyとは、狭義には基礎的読み書き能力のことを指します。
ここイギリスやアメリカ、カナダ等、英語圏では特に、保育・教育を語る上では外すことができない概念です。(だいたい、Literacy Associationが成り立って、国際会議等々を開催するくらいなので…)

ただし、なぜそれを保育・教育の大事にするかは、日本のそれとだいぶ異なる印象を受けました。
日本においてリテラシーといえば、多くは読み書きを正しく学ぶことがイメージされるかもしれません。
いっぽう、イギリスにおけるそれは、自己表現、自分の意見の表明や、アイデンティティを自覚し、表出するにあたっての必要条件として、多くの教師・保育者の間で共有されているように感じます。つまり、リテラシーの獲得はゴールではなく、かけがえのない自分自身の考えを伝えるために必要な道具として理解されているということです。

日本の保育の中では、リテラシーは狭義の遊びや人間関係、体づくり等と対置され、たとえば「読み書きよりも社会性を」のような文脈で語られることも少なくないように感じます。
いっぽう、義務教育以降では、「自己表現」が大切にされているようで、実際にはそれは場の雰囲気を読んで「こう語るべき」という“正解”を先取りする訓練になっていたり、その結果、そもそも意見そのものを適切に表現することを回避したり、という結果を招いてはいないでしょうか。

「正解」を与えることが、教育・保育の役割なのか。
多様性のある自己表現や、意見表明を介しての相互理解を通じて、アイデンティティ=自分らしさを形成していくプロセスを支えるのが、教育・保育の役割なのか。

日本の教育を取り巻く状況が、「正解の押し付け」のような方向に向かおうとしている今、イギリスにおけるリテラシーの定義から、多くの示唆を得ることができると感じました。

国際会議はあと1日。
もう一歩吸収して、帰りたいと思います!




7/01/2016

2016.6.28 ゼミ


松本ゼミ()3年のさきです。

今回のゼミの15分先生では、ねね先生が幼児の遊びということで"紙コップのミニプラネタリウム"の製作を考えてきてくれました!



底に穴の空いた紙コップに裏側を黒く塗ったアルミホイルをかぶせ、爪楊枝で好きな模様の穴を開けます。そしてカラフルな色で塗ったビニール袋を被せて、輪ゴムでとめると出来上がりです!



アルミホイルに爪楊枝で穴を開けるのは絶妙な力加減が必要ですが、少し難しいことにもチャレンジできる幼児さんにはピッタリだと思いました。



アルミホイルの穴の開け方やビニール袋の色の塗り方などはそれぞれで、みんなオリジナルの自分だけのミニプラネタリウムを作ることができるのではないかと感じました。また紙コップにも絵を描くことができるように、白い紙コップを用意してくれており、オリジナル性が出せるなと思いました。

出来上がったミニプラネタリウムを覗くと、カラフルな世界が広がりとっても綺麗でした。また部屋を暗くし、覗き穴から懐中電灯などで光をあてると、壁にプラネタリウムを映すことができました。私たちも大興奮だったので、保育の現場でも保育者がすると、子どもたちは大喜びするだろうと思いました!

とても充実した活動になりました。ありがとうございました!









6/22/2016

2016.6.21 ゼミ

失礼します。
松本ゼミ3年のあやかです。

今回の15分先生では、さき先生が「ぽんぽんあじさいスタンプ」を紹介してくれました!

梅雨の季節にぴったりのかわいいあじさいをみんなで楽しく作ることができました。
むらさきや青だけでなく、ピンクの絵具も用意されており、いろいろな色のスタンプを押していくうちに、本当はあじさいって一色だけじゃないんだなと改めて感じました。

また、月齢の低い子に対しては画用紙の葉っぱが用意されており、うしろのテープは少しはがして、子どもが自分ではがしやすくするという、小さな配慮もありました。クレヨンもあったので、思い思いにカエルやカタツムリ、雨粒なども描いていました。

乳児さんだったら、ぽんぽんとスタンプを押すこと自体が楽しいと思うし、幼児さんや私のような学生だったら、作品を作ることに夢中になると思います。
満足する作品ができて、本当に楽しかったです!

また、よしかさんややすはさんは、画用紙全体にスタンプを押して大きなアジサイを作っていたり、のぞみさんは、画用紙全体にスタンプを押して、一部を切り取ってアジサイを作っていました。同じ道具を使っているのに、様々な表し方や遊び方があり、とてもおもしろかったです!
ありがとうございました。





6/16/2016

2016.06.14 ゼミ


松本ゼミ、3年のねねです。

今回の15分せんせいでは、あやか先生がみんなであそべる〝おさかなつり〟を作ってきてくれました!



今回の15分せんせいで考えたことを3つ書きます。



①今回、あやか先生はおさかなさんたちを、牛乳パックで作っていました。水に浮かせられることはもちろんですが、子どもたちが手で握ってしまっても破れにくい素材でとてもいいと思いました。絵を油性ペンで書くこともポイントだと教えてくれました!



②竿を2つ用意してくれていました。1つはトイレットペーパーの芯に新聞紙を詰めたもの。もう1つは、割り箸を2本で1セットにしたもの。どちらも子どもたちが力を加えても大丈夫なように、補強されていて、可愛いテープで装飾されていて、細かいところまで手がこんでいるなぁと感じました。



③みんなで実際に釣りをしている最中に、「乳児の遊びであるこのさかなつりの竿にひもは必要なのか」という話になりました。実際にやってみて、確かに私たち大人でも竿の先についた紐を思い通りに動かすことは簡単なことではないと感じました。紐を短くしたり、竿の先自体に磁石を付けたりしてもいいかなという話になりました。



〝さかなつり〟といえば、魚を釣らないといけないから、竿に紐を!!というのは私たち大人の考え方なのかな?と思いました。実際に、あやか先生のさかなつりをするまではそんなことを考えたこともなかったし、実際に自分がやってみて、乳児には少し難しいなって感じて、それをゼミの皆さんと話し合えたからこそ、気づけたことです。



最後に……

あやか先生の絵のセンスはハイクオリティー

さすがでした。







6/08/2016

2016.6.7 ゼミ

本当は松井ゼミですが、、、
前期だけ松本ゼミに参加させて頂くさきです!
昨日のゼミの15分先生ではねねちゃん先生による
「ひんやり寒天で遊ぼう」でした。
ひんやりとした寒天を触ったり、ぐにゅぐにゅ握ったり
何とも言えない気持ちよさに夢中になって遊びました。
また色もカラフルなので視覚的にも楽しめました!
型抜きや透明カップなども用意されていたので
乳児の遊びですが月齢の大きな子も楽しめる
遊びだろうと思いました。