11/19/2013

「仲間とともに考える」五歳児保育をどうつくるか(松本)

次のエピソード。香川・こぶし花園保育園の、ある年の5歳児クラスでのできごとです。
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 園の近所にある障害児通園施設「タンポポ園」によく遊びに行かせてもらう5歳児めろん組。今年度も6月から、月に1度の割合でお邪魔させてもらっています。
 運動会前の9月のある日、玉入れをしました。保育者が手伝うというハンディをつけた結果、勝ったのはタンポポ園の子どもたち。めろん組の子どもたちは大泣きしたり怒ったり。悔しさのあまり、みんなが帰る段になっても「もう帰らんっ!」とすねて声を上げる子もいました。障害を持っているタンポポ園の子に対してでも、勝負事になったらこんなに熱いんか……と担任も驚くほどです。
 運動会も終わった10月のその日、前回に起こったそんなことはすっかり忘れてタンポポ園に再び遊びに行きました。そんなめろん組の子どもたちに対し、タンポポ園の保育者は開口一番「今日は玉入れしましょうか!」と提案します。「???」「あぁー?」とめろん組の子どもたちも、担任も驚きました。
 はじめは、めろん組だけで2組に分かれて玉入れをしました。次にいよいよ、タンポポ園の子どもたち対めろん組の子どもたちの番です。そこでめろん組から「タンポポ園の子も同じヤツ(条件)でして」と声が上がり、大人の助けなし、両者同じ条件で玉入れ対決をすることにしました。
 結果は、めろん組のみんなの勝ち。
 いっぽうのタンポポ園のみんなは、1コも入らなかったのです。

 それを見て、静かになっためろん組の子どもたち。
 しばらくすると声が上がり始めました。「じゃあ、箱を先生が持って、その中に入れることにして」「でもちゃんと揺らしてよ」と子どもたち。「こう?」とタンポポ園の保育者。「ちがう! もっとこう歩いたりするんや」「わかった。こうやね。」「先生たちは、手伝ったらいかんよ!」「わかった!」と話が進んでいきます。
 そうやって自分たちでルールを決め、納得したうえで、改めて玉入れに臨みました。
 めろん組は普通のカゴで、タンポポ園の子どもたちは、保育者のもつ箱で。
 結果は、僅差でついにめろん組の勝ち。めろん組のみんなは、大喜びで帰路についたのでした。
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 どうすべきかを大人が投げかけるのではなく、5歳児同士で考え合うプロセスと結論を信頼するまなざしのもとでめばえたものは何か。
 雑誌『現代と保育』(ひとなる書房)87号連載に、上記のエピソードも含め、表題のタイトルでまとめました。
 よろしければ、お読みいただけると嬉しいです。

11/09/2013

保育者間の“信頼”によって切り拓かれる子どもの可能性(松本)

 先日、香川県の幼児教育支援員という仕事で、香南こども園(高松市)に出かけ、4歳児の保育を見せていただき、園内研修にお邪魔してきました。
 香南こども園は、2012年にスタートした、高松型の「こども園」の一つ。
 幼児の各クラスには幼稚園籍と保育所籍の子どもがおり、保育士と幼稚園教諭が、ともにクラス担任として保育に携わっています。小学校風に言えば、チームティーチングの形式です。

 この日の主活動は、ホールでのグループ対抗のゲーム。
 ゲーム前に行う遊びをグループ毎に選び、ホールに移動……となるかと思いきや、1つのグループは意見がまとまらず、保育室に取り残されてしまいました。
 子どもは5人。「股くぐり」がしたい子が4人。「マット押し」がしたい子が1人。
 この日はサブの役割をしていた、B保育者がそばについて話し合いです。
 それぞれの思いを改めて確認したところ、マット押しを主張する子に向けて「(意見が)1人になった!」と口にしたPちゃん。
 それを制しつつ「(マット押しがしたい)Qくんの気持ちもあるよ」と問い直すB保育者。
 聞けばQくん「この間くぐり抜けしたから、今日はマットにする」と。
 なるほどそれもごもっとも。話し合いは続きます。
 それぞれ、一生懸命自分の思いを言葉にして伝える子どもたち。ふと思い立って「(股くぐりの)トンネル、どうしてもしたいん?」と自分から仲間に問いかけてみたり……。
 でも、ホールに行った友だちの歓声が遠くから耳に入る中、早く行きたい思いもあって、決めきるのはちょっと難しかったようです。しばしの後、「他のチームが何をしているか見てこようか」とB保育者に気持ちを切り替えてもらい、続きはホールで、ということになったのでした。

 多数決やじゃんけんで決めれば、計画にそってスムーズに実践は進んだことでしょう。 研究保育で、私をはじめ観覧者が多々いる場。保育者としてはきれいに納めたくなっても無理のない状況だと思います。
 でも、そこで子どもたちについていたB保育者は、そうはしませんでした。時間をかけても自分の思いを言葉にして、互いに考え合うことがこの子どもたちには必要である、という思いが、B保育者の中ではっきりしていたからこその働きかけだったのでしょう。

 さて、ここでの実践を成り立たせたポイントは何でしょうか。その一つは、B保育者の抱く明確な子ども像にあることはもちろんでしょう。が、それに加えもう一つ忘れてはならないのは、この日主担任だったA保育者との関係ではないかと思います。2人の間で、育みたい子ども像が共有され、互いの関わりを信頼し合えている関係が、このような援助を可能にしたのだろうということです。

 もし、B保育者が、子どもたちではなく「事前の計画通りすすめること」が気になっていたら、この場で時間をかけ、話し合って決めようとするプロセスを支えることは難しかったでしょう。また、仮にA保育者1人のクラスであれば、他の4つのグループを残しながら、1つのグループの話し合いに十分に付き合って、子どもの言葉と思いを受けとめきることもまた、難しいのが現実かとも思います。
 アイコンタクトを交わし、先にホールへと移動したA保育者からの「今、このグループの子たちに、時間をかけて言葉を紡ぎ、考え合うプロセスを保障してあげたい」という思いが伝わったからこそ、B保育者はじっくりとこのグループに付き合うことができたのでしょう。

 実際の話し合いで子どもたちが決めきれなかったのは、頭の中で考えることばを使い始めたばかりの4歳児ゆえの発達的な限界もあったことと思います。とはいえ子どもたちには、話し合いで実際に決められたか否か以上に、このような場を体感できたこと自体が、これから自らの思いをことばにして、仲間との間で折り合いをつけながら考えていく土台となる、ひとつの大きな財産となったのではないでしょうか。
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 ところで、このグループ。かわいそうに。この日、本番のゲームでは1度も勝つことができませんでした。
 負けたらとてもくやしい。入れ込んでいるからこそ、怒ってすねたくもなる。
 でも、それを言葉にすることは、くやしかった自分の思いとちょっぴり向き合い、次につなげていく力になる。
 それは、葛藤する思いに共感し、信頼してくれる誰かがそばにいるからこそ可能になるのでしょう。

 葛藤しているからこそ、言葉にするには時間がかかることもある。
 欠けている部分ではなく、歩み出そうとする子どもの姿を信頼し、背中を押せる保育実践は、1人の力を越えて、保育者間の“信頼”が土台となったときにより豊かに育みうることを改めて学ぶことができました。
 ありがとうございました。これからの子どもたちの姿が楽しみです。