11/29/2012

中学生と乳児のふれあい体験事業(3)(常田)


2012年11月29日に第3回目の「ふれあい授業」がありました。

前回から2ヶ月たった今回は、2ヶ月間の赤ちゃんの成長を感じるとともに、「子育て」という点に焦点を当てた授業を行いました。

この2ヶ月の間に、赤ちゃんは、首が据わっていなかった子が首が据わって抱っこしやすくなっていたり、動けなかった子がハイハイで移動できるようになっていたり、歩けるようになっていたり…本当に大きく成長していました。

そして、中学生たちも赤ちゃんに会える日を本当に楽しみに待っていてくれたようです。


驚いたのは、中学生たちが、赤ちゃんと遊ぶのがすっかり上手になっていたこと!
リラックスして赤ちゃんに関わるので、前回は大泣きだった赤ちゃんも今回はニコニコでした。たった1回の経験がここまで大きな意味を持つのだなぁと、正直、衝撃を受けてしまったほどです。「養育性形成不全」などと言われる昨今ですが、実は足りなかったのは「経験」だけなのかもしれません。

一方で、このような影響力の大きさは、小学生よりはいろいろなことを深く考えることができ、また高校生よりは社会経験も少なく、その分、素直に感じることのできる中学生という時期だからこそだったとも考えられます。


これからの時代に、虐待などの痛ましい事件や育児不安・育児困難などを無くしていくためには、誰もが親になる前に赤ちゃんとふれあう体験ができるよう、社会の中でそういった場を意識的に準備していく必要があるのかもしれません。



11/28/2012

「さぬきこどもの国NEWS!」の連載がスタートしました(常田)

2ヶ月に1回偶数月に発行される「さぬきこどもの国News!」で常田の連載がスタートしました。
3回連続で学童期の子どもの発達と子育てについて書きます。

「さぬきこどもの国News!」は、さぬきこどもの国に行くと手に入るのはもちろん、香川県内の児童館・福祉関係機関、保育園・幼稚園・小学校、教育関係機関等々で配布されています。
また、さぬき子どもの国ホームページからもpdfをダウンロードすることができます。

最新号 2012年12・1月号(Vol.34)

ご興味のある方、ぜひご覧いただければ幸いです。

10月27日「こぶしの集い」で講演してきました(常田)

2012年10月27日こぶし今里保育園の「こぶしの集い」で講演をしてきました(講演当日からずいぶん時間が経ってからの投稿になってしまいました…)。

「こぶしの集い」は今年で第41回の開催。長年続けられてきた、保護者会と保育園の共催行事です。今回は、実行委員さんからのご意見をもとに、「子どもたちに豊かな乳幼児期を:ゆるぎたるぎの子育て実践」と題して、乳幼児期の発達の特徴と乳幼児期の子どもにとって親とはどんな存在なのかといったことを中心にお話させていただきました。

事前にいただいていた保護者の方からの質問には
・イヤイヤの期間はいつからいつまで?
・子どもが嫌がることをさせなければいけないときに、どんな良い方法がある?
・好奇心の芽をつぶさない声かけとは?
・つい子どもに「早くしなさい!」と言ってしまうが、「早く」と言わずに子どもたちに気持ちよく動いてもらうにはどうすればよい?
といったものがありました。

このように質問をまとめていただくと、乳幼児期の子育ての悩みってこういうことなんだと改めて客観視することができ、勉強になりました。

当日は、働きながら子育てもがんばる”同士”として、エールを送るつもりでお話をさせていただきました。楽しい機会を与えてくださいました、こぶし今里保育園園長の増田先生ありがとうございました。

11/22/2012

一歳児の「自分で思って、自分で決める」をどう育むか(松本)

 連載「実践研究」を書いている、「現代と保育」(ひとなる書房)の最新号:84号が刊行されました。
 この記事の表題にある“一歳児の「自分で思って、自分で決める」をどう育むか”のタイトルで、山形市・とちの実保育園1歳児クラスの保育実践を紹介させていただき、松本がコメントを書いています。
 見通しがめばえる1歳児。「生活主体としての自立」が気になる時期ですが、そもそもそれは何を目指してのものなのか。「大人の思うレールに乗せる」のではなく、子どもに前向きな葛藤を育むためには、具体的に何が必要なのかについて論じました。


この連載では、松本が「全国に紹介したい!」と感じた保育実践を取り上げているのですが、いずれも若手保育者による、みずみずしさ溢れるものです。
 今回登場いただいたのは、保育者4年目にして1歳児を初担当された横山史織さんです。
 読むと温かな気持ちになれる保育実践記録を、ぜひ手にとってお読みいただけると嬉ししいです!

 また、今号(84号)には、社会学者・仁平典宏さんと塩崎美穂さんによる対談“私たちが考える「すべての子ども」のための保育制度”が掲載されているなど、なかなか読み応えがあります。
 「その言葉を、誰に届けたいのか?」
 専門も視点も異なりますが、同世代ゆえか仁平さんの指摘には、随所に頷ける部分がありました。
 子どもと保育、それを支える保育者のこと、そしてそれらみなの土台にある社会のことを、これからも丁寧に考え、発信していきたいと思います。

11/08/2012

ベイトソン『精神の生態学』を読んでいます(松本・松井・常田)

 7月から月1回のペースで、松本・松井・常田と、教育学部で同僚の先生3名、ちょっとしたゆかりがあり、香川によく来られる研究者仲間の先生、大学院生と8名で、G・ベイトソンの『精神の生態学』(新思索社)という本を読んで討論する時間をつくっています。
 翻訳書で全669ページという分量なので、それなりに時間がかかりますが、中身は年代順に配置されているので、ベイトソンの思考の軌跡を追っていくかたちで読み解ける面白さがあります。ようやく中盤の、統合失調症を生じさせる循環関係の分析のところにさしかかってきました。

 このリンク先(松岡正剛さんの千夜千冊)にあるように、ベイトソンの論考は特定の学問領域に収まらないほど多岐にわたるわけですが、私なりに特に参考になるのは、問題の設定の仕方をはじめとする、考え始める出発点の部分です。
 たとえば、繰り返し学習における、1回目と2回目は同じとみなしてよいのか。
 同じように見える働きかけであっても、それを受け取る側にとっては、2回目には必ず、1回に“学んだ”傾向を背負ったうえで、新たな学習へと向き合うことになる。同じように見えるインプットであっても、やりやすくなったり、はたまた嫌になったり(なれたり)する。つまりここからは、プロセスを経ると、ヒトの学習は必ず複数の階層で展開するものであることが見えてきます。
 同じように見える働きかけであっても、なぜ「好きな先生」からのメッセージは心に響くのか。「教えたとおり」ではなく、教えた以上のことを学べるような環境設定をするためには何が必要か。保育や教育を考えるうえで、ありふれているけれど、そうはっきりとは解明されていない問題を考えるうえで、本書をベースにした議論を重ねることは、何らかのヒントになるのではないかと感じています。

 大学院生のときにも一度読んだのですが、今回は理論物理学など、専門領域が異なる方や、同じ心理学の専門家でも新しいメンバーで読んでいることもあり、新鮮な気分で臨んでいます。
 想田和弘さんのブログにあったように、やっぱり古典は「栄養分をたくさん含んだ土壌」だなあと実感します。
 すぐに花を咲かせることを求められることが多い昨今であり、大学人も例外ではなく、つい、日々の慌ただしさに飲み込まれてしまいそうにもなりますが(教育はじめ社会科学は特に?!)、「専門」の狭い領域に閉じることなく、「ヒトの社会」の問題を時間をかけて、大切な仲間とともに丁寧に考えることを大切にしていきたいと思う今日この頃です。